岡山地方裁判所 昭和44年(行ウ)44号 判決 1972年2月03日
原告 株式会社倉森一級建築士事務所
被告 岡山税務署長
訴訟代理人 平山勝信 外九名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
原告
一 被告が、原告に対し、原告の昭和四一年度(昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日まで)の法人税につき、昭和四三年一二月二五日付でなした所得金額一四三万三〇三一円、税額三八万三二四〇円とする更正処分および過少申告加算税を七八〇〇円とする賦課決定処分を取消す。
二 被告は、原告に対し、一六万四五〇〇円およびこれに対する昭和四四年一月二一日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに第二項につき仮執行宣言。
被告
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
原告
一 原告は、青色申告書提出の承認を受けている株式会社であるが、被告に対し、昭和四一年度(昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日まで)の法人所得につき、所得金額八七万三〇三一円、税額二二万六四四〇円として申告したところ、被告は、原告に対し、昭和四三年一二月二五日付で、原告の所得金額を一四三万三〇三一円、税額三八万三二四〇円、過少申告加算税七八〇〇円とする更正および賦課決定処分(以下、単に、本件課税処分ともいう。)をなした。
二 しかし、原告は、本件課税処分が違法であり取消さるべきものとして、昭和四四年一月二〇日、広島国税局長に対し、本件課税処分につき審査請求を求めたところ、同国税局長は、同年三月七日付で、右審査請求を棄却するとの裁決をなし、同月一三日原告に通知した。
三 被告主張の二の事実中、原告会社の取締役が被告主張のヨーロツパ建築視察旅行をなし、その旅行に要した費用を原告会社が研究費として損金に計上したこと、被告は右旅行費用は損金に計上しえないもので、取締役に対する賞与にほかならないとして本件課税処分をなしたものであることを認める。
本件課税処分は次の理由により違法であるから、取消さるべきものである。
(一) 本件更正処分の理由付記に不備がある。
すなわち、本件課税処分の通知書には、理由として、被告主張三の記載がなされていたのみで、その否認しなければならない原因について、原告を納得させるに足る記載を欠いている。
(二) 視察旅行費用五六万円は、原告会社の業務の遂行上必要な費用であり、法人税法第二二条第三項所定の損金に該当する。
原告は、建築設計および建築監督を目的とする株式会社で、しかも、最近の建築設計は世界共通の規模において行なわれているものであるから、一級建築士の資格を持つ原告会社の取締役が、建築物の構造設計を研究するについて、古い歴史を経また近代建築物の粋を集めているヨーロツパの建物を視察しておくことが、原告会社の事業の発展に直接結びつくものであることは明白なことである。右目的のもとに、原告会社はその取締役をして、昭和四一年八月四日から同月三〇日までの二七日間、ソビエト、トルコ、ギリシヤ、イタリヤ、スイス、フランス、イギリス、オランダ、デンマーク、ドイツ、ポーランドの諸国を歴訪し、その主要都市における主たる建築物を視察せしめ、その費用として旅行あつせん業者に四二万円、その他所要の電話代、通信費、タクシー代等に一四万円合計五六万円を出費したものである。この視察旅行の成果は、やがて原告会社の業績のうえに現われてくるのであつて、いわば原告会社社業発展のための必要な投資とも言うべく、これが費用は、法人税法第二二条第三項所定の損金として算入されるべきものである。
四 原告は昭和四四年一月二〇日に、本件課税処分にしたがい申告納税額との差額一六万四五〇〇円を納付した。
五 以上の次第で、本件課税処分の取消とこれによつて被告が原告に対し還付すべき義務を負うに帰する右納付にかかる一六万四五〇〇円およびこれに対する納付期日の翌日たる昭和四四年一月二一日から支払済みにいたるまで国税通則法所定の割合による還付加算金のうち年五分の割合による部分の支払を求める。
被告
一 原告主張の一、二および四を認める。
二 原告は、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの間の事業年度分の法人税について、同社の取締役倉森治が訴外株式会社彰国社主催のヨーロツパ建築視察団に加わり、昭和四一年八月四日から同月三〇日までの間ヨーロツパ各地を旅行した費用五六万円を、研究費として損金に計上しているのであるが、被告が原告会社の帳簿書類等を調査したところによれば、右旅行は、その目的、旅行先、旅行経路、旅行期間および旅行中取締役倉森治が行なつた行動等からして、原告会社の業務の遂行上必要な費用(法人税法第二二条第三項第二号)とは到底認められないもので、損金に計上しえないものであり、これは原告会社が取締役倉森治に賞与(同法第三五条第一項)として支出したものにほかならないから、被告は、右支出旅行費に相当する金額を原告会社の法人税確定申告額の所得金額八七万三〇三一円に加算し、本件課税処分をなしたものである。
三 被告は、本件課税処分通知書に、「加算研究費の否認(夏期ヨーロツパ建築視察旅行)五六万円」なる旨の理由を付記して本件更正処分をなしたのであるが、右記載によつて否認の対象事項も金額も明白であるから、この程度をもつて理由の記載として欠くるところはない。
けだし、法人税法は、青色申告書にかかる更正についてその更正の理由を付記しなければならないものと定めているが(同法第一三〇条第二項)、この立法趣旨は、青色申告書を提出する納税義務者は、所定の帳簿書類を備えつけるべき義務を負わされているので、その帳簿書類の記載を無視して更正されることのないよう保障し、当該帳簿書類のどの個所に不備があり、その不備の記帳よりも信憑力があると扱つた資料は何であるかを明示するよう要求しているものと解せられるところ、同条項は、本件におけるように、帳簿書類の記帳自体に虚偽があるわけではなく、その記帳を前提として、原告会社が代表者のために支出した旅行費を損金として計上した原告会社の判断が誤りであるとして更正する場合に、その判断が誤つていると認定した理由まで付記することを求めたものではないと言うべきである。
本件においては、更正の理由は、まさに損金計上の許否にかかる法律的問題であり、被告は、更正通知書にその更正の対象を特定し、本件建築視察旅行費が損金に計上しえないことを端的に示しているのであるから、本件更正処分の理由付記に不備の違法はない。
四 本件旅行の目的ないし内容は、原告会社の主張によればヨーロツパの建物の視察となつているが、その実際の内容は、(一)、当該旅行の動機として特定の取引や計画等が一切ないこと、(二)、倉森治が旅行後原告会社に提出したのは、同人が旅行中に撮影したスライドと視察した建築物一覧表のみであり、視察の具体的成果を伝えているレポート等もないこと、(三)、本件旅行に加わつた構成員の中には、建築関係者以外の者二名(ホテル経営者およびトルコ風呂経営者)が加わつていること等が認められ、右によれば、本件旅行の主たる目的と内容は、建築業に必要な建物の視察とは考えられず、本件旅行は観光を主たる目的としている一般の観光旅行の域を出ないものと言わざるを得ない。そこで、被告は、原告が支出した本件旅行費五六万円は、原告が同人に賞与を支給したものにほかならないから、損金に算入しえないため、右旅行費用の損金算入を否認したものである。
第三証拠<省略>
理由
一 原告主張の一、二の事実および原告会社取締役が本件ヨーロツパ建築視察旅行に参加し、その旅行に要した費用を原告が研究費として損金に計上したこと、被告は右旅行費用は損金に計上しえないもので、当該取締役に対する賞与にほかならないとして本件課税処分をなしたものであることは当事者間に争いがない。
また、本件更正処分の更正通知書に「加算、研究費の否認(夏期ヨーロツパ建築視察旅行)五六万円」と理由付記がなされていることも当事者間に争いがない。
二 そこで、右の理由付記につき瑕疵があるか否か検討してみるに、法人税法第一三〇条第二項が更正に理由付記を命じている趣旨は、青色申告書提出の承認を受けた納税義務者は、省令の定めるところの帳簿書類を備えつけてそれに記帳すべき義務を負わされているので、その申告にかかる所得の計算が右の法定の帳簿書類による正当な記載に基づくものである限り、その帳簿の記載を無視して更正することがない旨を納税義務者に対して保障する(同条第一項)ものであるから、その更正通知書に付記すべき理由も、帳簿との関連においていかなる理由によつて更正するかを明らかにする程度のものであることを要すると解すべきである。したがつて、帳簿の記帳自体の信憑性について問題があるわけではなく、その記帳を前提として、その記帳にかかる費用が法人税法第二二条所定の損金に該当しないとして更正する場合には、帳簿のどの費用が右にあたるかを特定すれば足り、何故その費用を損金と認めなかつたかその認定の理由までも付記しなくてはならない趣旨であると解すべきではない。本件においては、倉森治の夏期ヨーロツパ建築視察旅行費用五六万円との帳簿の記帳自体に問題があるわけではなく、右費用を原告会社が研究費として損金に算入したために被告がそれを否認したものであり、しかもその際夏期ヨーロツパ建築視察旅行費用と特定しているのであるから、被告が右につき損金と認めない理由を付記しなかつたからと言つて、本件更正処分が違法となるものではないと言うべきである。
よつて、原告の右主張は理由がない。
三 次に、本件旅行費用が法人税法第二二条第三項所定の損金でないとする判断の当否について検討してみるに、成立に争いのない乙第一号証の一ないし一〇、第二号証の一ないし三、第三、四号証、第六ないし第一三号証、第一四号証の一、二、原告代表者本人尋問の結果により原告会社の取締役倉森治が本件旅行の際撮影したものと認めうる甲第一ないし第五六号証、証人安藤利夫の証言、原告代表者本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
原告は、建築設計等を業とする株主約一〇名の同族会社型態の株式会社であるが、昭和四一年八月、出版業者である彰国社主催の一九六六年度夏期ヨーロツパ建築視察旅行の募集があつたので、原告会社としては特に差し迫つて海外視察旅行を必要とする具体的な目的もなかつたが、一級建築士でもある取締役倉森治の建築家としての素養を高めるという意味もあり、同人を右旅行に原告の費用で参加させることにした。そして、倉森治は、右主催者の計画する旅行日程のうちCコースを選び、高校教諭六名、建設会社従業員、ホテル経営者、トルコ風呂経営者各一名外一名合計一〇名とともに、同月四日から二九日までの間、ハバロフスク・モスクワ・ヴアルーナ・イスタンブール・アテネ・ナポリ・ローマ・ヴエネチア・ミラノ・チユーリツヒ・パリ・ロンドン・ロツテルダム・コペンハーゲン・ストツクホルム・パリ・カイロと順次旅行して右都市の主要建築物を視察した。右旅行の参加申込要領には、旅行目的にヨーロツパ建築家との交流およびシンポジウムの開催も掲げられ、旅行中予定されていたシンポジウムも開催されたが、右も、専門的な分野まで立入つたいわゆるシンポジウムというようなものではなかつた。倉森治は、右旅行中、一〇〇〇枚を越えるスライド写真を撮影して帰国したのであるが、原告に対しては右写真と簡単な旅行日程を記載した書面を提出したのみで、特に報告書等は提出していない。なお、本件旅行費用は、右に述べたように、原告が負担しているのであるが、倉森治の参加したCコースの旅行者のうち、倉森ほか一名を除いた九名の者達は、自己負担の費用で旅行している。
以上のように認められる。
右事実からすると、原告としては、本件旅行当時特定の建築設計のためなどという特に差し迫つた具体的目的を有していたわけではないが、右旅行により、漠然と一級建築士である倉森治個人の建築的素養を高めるという目的を有していたことがうかがえるところ、一般的に、従業員である一級建築士の個人的素養を高めることが、原告会社に対して何らかの良い影響をもたらすであろうことはうなずけないことではなく、また、法人において、従業員である個人の素養を高めることがその法人の業務上必要でないとは言えないけれども、本件旅行は、建築関係の視察とされているものの、目的地は概ねヨーロツパの名所、旧跡等の観光地で、旅行経路はいわゆる観光ルートに属すると認められ、個人的素養を高めるというその達成手段として、建築設計という専門的な分野における専門的な研究手段を通じてその素養を高めようというものではなく、右のいわゆる観光ルートを、他の参加者(しかも建築士としての専門的な者は少ない。)とともに視察し各地の建物を見て写真に撮すという程度であり、その実効性についても当初よりはつきり予測できるものではないものである。しかも、倉森治は、右旅行より帰国後、旅行中撮影したスライド(但し、枚数は多いが、内容はほとんど一般的なもので、建築設計に関する専門的、技術的資料としての価値には乏しい。)と簡単な旅行日程を提出したにすぎないものである。右のような旅行内容からすれば、これに要した費用が、法人税法第二二条第三項所定の原告会社の業務の遂行上必要な費用として損金に該当するものとは到底解されず、右旅行費用は、倉森治に対する賞与(同法第三五条第一項)として支出したものと言わざるをえない。
そうすると、右費用を原告会社の法人税確定申告の所得金額に加算してなした本件課税処分は正当であり、何ら取消すべき違法はない。
したがつて原告の本件課税処分の取消を求める請求は失当であり、またその取消を前提とした金員給付を求める請求も失当というほかなく、いずれも棄却を免れない。
よつて、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 裾分一立 米澤敏雄 近藤正昭)